CMって。

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つい一昨日広告電通賞の発表があり、リーボックZIG-TECHのCMがファッション・流通部門の最優秀賞をいただいた。早朝にゴミ出しをしようと出て来た伊藤英明に悪ガキどもの蹴った缶が当たりそうになる。笑われた伊藤英明は怒って追いかけるが、たまたまZIG-TECHをはいていたために走るのが気持ちよくなって、そのまま恍惚の表情で追い越していく。そういうストーリー。興味のある方はリーボックジャパンの公式サイトで観てほしい。
このCM、じつは撮影の前日にかなりのドタバタがあった。その話をちょっとしてみよう。問題はないだろう。もともとの企画は、日中、小学生の悪ガキが家の塀に落書きをしているのを見つけた家人の伊藤英明が見つけて追いかける、というものだった。しかし、そんなことで子どもを追いかけるのでは伊藤英明が大人げなく見え過ぎるんじゃないかという監督の意見で、不良たちがシャッターにスプレーで落書きしているという内容に変更することになった。僕はいったん納得したものの、オールスタッフミーティングでロケハンの画像などを見ているうちに、「ちょっとこれはヤバいぞ」と感じだした。あまりにも社会悪が生々しく描かれすぎていて、不快感の残るCMになるんじゃないかと。リーボックにクレームが入ったりすると迷惑がかかってしまう。それは絶対に避けたい。それで僕はCDとして内容をさらに変更することにした。故意ではなくアクシデントでクルマを壊してしまうとか、ソフトクリームがくっついてしまうとか、嫌な感じのし過ぎないシチュエーションをみんなであれこれ考えた。だが、どれも怒って追いかけるほどの理由にならない。納得性が弱い。また、設定に秒数が取られすぎてもいけない。朝まで考えて、結局、スプレーで落書きしようとしているところを伊藤英明に見つけられた、ということにした。それならまだ犯行前だから許されるだろうと。
ところが撮影日前日の夕方、突然「局考査に通らない」という連絡が来た。撮影日前日の夕方に!「じっさいに落書きをしてなくても十分に社会悪を想起させる」というのが理由だった。通常、局考査の結果がこんなタイミングで来ることはない。遅くとも撮影の一週間ぐらい前から「危なそうだ」といった連絡は来るはずで、なぜこんなことになったかは不明だ。大ピンチ。真っ青。しかしここで奇跡が起きる。天気予報が変わって次の日が雨、その次の日の天気予備日が晴れる可能性が高くなり、撮影が一日延びたのだ。企画を修正して、局とタレント事務所に確認を取るための貴重な一日を神様が与えてくれた。リーボックからは「とにかくまかせる」と。「何とかします」とだけ伝えた。
その日の夜スタッフを収集し、すぐに新しいコンテを作った。僕が考えたのは、居酒屋で酔っ払った女性客たちがケータイを忘れたのに気づいた店員の伊藤英明が、「忘れ物ですよー!」と言って追いかけるのだが、そのまま追い越してしまうというもの。夜中だったがロケ現場付近まで葵プロモーションのPMにタクシーで走ってもらい、協力してくれる居酒屋を見つけた。
次の日の朝、リーボックの了解も取り付けこれで一安心と思ったのもつかの間、まさかのタレント事務所NG。キャスティング担当者の伝え方が雑だったりヘタだったりした場合、タレントのマネージャーがへそを曲げるということはよくある。最初はそれを疑った。リーボックの担当者に僕らの事務所までご足労願って、企画変更の理由を書いたお手紙を送り、その場からキャスティングの担当者を介してリアルタイムでタレント事務所と交渉することにした。が、NGの理由は納得のいくものだった。伊藤英明は数日前から役作りをしている。怒りが恍惚の表情に変わる練習をしている。新しい企画だと、焦りから恍惚に変わるわけだが、その表情の練習をするには彼にとってはさらに数日の時間が必要で、明日の撮影には間に合わないのだと。なるほど!確かにそれが役者というものだろう。非常に失礼なことをしていたと反省した。僕は30分時間くださいと言って近所のカフェに行き、ノートPCで字コンテを3つ書いた。それを送って、1つを選んでもらった。その企画が悪ガキが缶を蹴っ飛ばすというものだ。すでに午後になっていたがそれからすぐ局考査にかけてもらい、夕方にOKをもらう。夜、監督以下のスタッフを招集し、演出プランを詰める。そして撮影に臨んだ。ラストカットから先に撮ったが、伊藤さんは一発で最高の表情を決めてくれた。
CMのオンエアを開始するとあちこちで評判になり、CMデータバンクの人によれば歴代CMの好感度50位に入っているとか。しかし、もしかすると、と思う。あのタイミングで局考査に引っかからず、元の企画のまま進んでいたらどうだったろうか?次に考えた企画でもしタレントサイドのOKが出ていたら?もっと面白いものになっていただろうか。リーボックの方々がゆったり構えていてくださったことにも大いに助けられたが、そんなクライアントは少ないだろう。CMは、いろんな偶然が重なってできていく。自信満々で撮影に臨んだのが編集室で絶望に陥ることもあれば、撮影前日はもうダメだ…とスタッフ皆で途方に暮れていたのが賞をいただいたりする。
一つ言えるのは、監督の佐藤涉君は何かを「持っている」と思う。これからさらにメジャーになること間違いなしだ。