過労死事件について思うこと

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電通の過労死事件が大きな問題、話題を生んでいます。
いろんな方がこの件についてSNSやブログで怒りや私見を表しています。
が、僕はそのどれにも違和感を覚えます。
その話をしてみたいと思います。

初めて会う人に広告の仕事をしていると言うと、「じゃあ生活は不規則ですよね」と返されることが多いです。
その通り。
広告業はクライアントビジネスだから、クライアントの都合に合わせて作業しないといけません。
僕はクリエイティブをずっとやって来ましたが、プレゼン作業や編集で午前様になることは珍しくないです。
休日返上、GW返上、などしょっちゅうです。
おそらく過去30年、自分は盆休みというものを取ったことがありません。
休日出勤すれば代休を取ったり、朝までの作業になれば次の日は昼から出勤できたりという制度は広告代理店にありますが、ただ、それがきちんと機能しているかというと疑問はあります。
大手広告代理店の中に入ると「ちゃんと有休を取ろう」といったポスターがベタベタ貼ってますし、たとえば電通では19時ぐらいになると強制的に明かりが消えて真っ暗になります。
裏を返すとそれぐらい皆働いちゃうんですね。
常に締め切りに追われるので、自分のペースで仕事を終わらせるのが難しいんです。
顧客の都合に合わせて働く業種は他にもたくさんあるわけで、デパートだって土日に営業しているわけですが、広告人の生活は他業種と比べて比較的不規則とは言えるでしょう。

でもそんな仕事環境の中でも、僕はこれまで心を病む人を見たことがほとんどありません。
それはたぶん、キツい作業をしても、その後に何らかの達成感があるからでしょう。
プレゼンが終わったりCMを納品したりすれば、「やり切った」感があります。
ひと息つけるんです。
しかもプレゼンが好評だったり、CMがウケたり、売上げが伸びてクライアントに喜ばれたりすると、またがんばるかという気になれるものです。
スタッフ皆で打ち上げとかやって、ねぎらったりします。

では、今回の過労死が起きた要因は何か。
ここからは僕の推察に過ぎませんが、彼女はデジタルマーケティング・ビジネス局配属でした。
ネット広告の運用に携わっていたのではないかなと想像しています。
大企業の宣伝部でもわかってない方が多いのですが、広告の「出稿」と「運用」は全く異なるものです。
出稿は、TVや新聞、ネットなどに広告を出して終わりです。
運用は、出してからが始まり。
数字数字の世界で、リスキーで、終わりの見えない作業とも言えるでしょう。
たとえばCPA(一つの製品が購入されるための広告コスト)は低ければ低いほどいいわけですが、広告代理店がそれを保証させられるケースもあります。
もし到達しなければ、自腹を切る契約です。
誠実な代理店なら、できるかできないか見極めてから受注し、万一できなければ素直に損を引き受けますが、不誠実な代理店は数字を書き換えることもあるでしょう。
スマホアプリなどのIT系企業じゃない一般のクライアントはそれを見抜く知見のない場合が多いので、不誠実な代理店を力があると誤解したりします。
(ちなみに電通はネット広告の超過請求も問題になっていますが、僕は彼らが組織的にそういった不正をしたとは考えていません)
担当者は毎日毎日数字と向き合いレポートを作成し出稿メディアの選定や配分を提案し続けますが、まじめな人ほど苦しい、カオスの世界になりつつあるというのが自分の肌感です。

クライアントに対峙するフロント営業からすると、複雑で勉強が必要で、しかもリスクを抱えるようなネット運用はできれば関わりたくないものです。
でも広告の趨勢がそうである以上、代理店としてそこをやらないわけにはいかない。
なのでデジタル部門がその大変さとリスクを引き受けざるを得ず、しわ寄せがそこに集中する構造になっているわけです。
運用担当の中には、心を病んで働けなくなる人が多いと聞きます。
だから常に人手不足で、他の担当者にさらに負荷がかかる、ということになります。
そして、ここがポイントですが、その作業は誰にも褒められることがありません。
どれだけ日々がんばって良いスコアを出しても、クライアントからはもっともっとと要求されます。
僕らのようなクリエイティブは自分たちの仕事が褒められる仕組みがあります。
でも、運用にはそれがないのです。
まじめな人の苦しさを引き取る仕組みがないんです。

ネット広告、デジタル広告というと、一般の人はコンピュータが自動でいろいろやってくれるイメージを持っているかもしれません。
確かに今後はAI的なものが導入され、オートメーション化が進んでいくでしょう。
でも現状は非常に労働集約型なのです。
ヒューマンエラーもしょっちゅう起きる、常に気を張っていないといけない仕事なので、その分手数料はマス広告より高いですが、それでも労力に見合っているとは言い難い上、手数料の値下げ競争も起き始めるなど、業界全体としてやや限界に来てる感があります。
今回の不幸な事件について僕は本当のところを知りません。
原因はやはり長時間労働やハラスメントだったのかもしれません。
でも上記のような根深いものも根底に横たわっているような気がします。
単純に「電通の体質」みたいなことで批判するだけでは、真の問題を見失うことになるように思えるのです。