顔芸はもう使えません

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「Slice of life」という言葉があります。
日本語訳すると「日常の切り取り」。
象徴的、非現実的でない、リアルな生活シーンをベースに物語を作る映像表現手法のことです。
日本のドラマは時代劇などを除けばほとんどが「Slice of life」です。
海外ドラマはSF、ファンタジー、歴史モノなどが多いですが、日本が日常モノに偏るのは予算の事情でしょうね。
近場のロケで撮れるので、美術費やCG費などが圧倒的に安くすみますから。

「Slice of life」の長所は、視聴者がその世界に自分を投影できるところです。
そうそう、ああいうことするよね、とか、わかるわかる、とか、自分が今住んでいる世界と地続きになるのが強み。
そこをベースに置くことで「共感」が獲れるというわけです。
ということなのですが、厳密に言えば、現在流れているドラマ、またCMなど、その全てが「Slice of life」ではありません。
本来の「Slice of life」映像を描くとどうなるか。
これは、登場人物皆がマスクをつけていないとおかしい、ということになります。
もしつけてないとそれは現在のリアルではありませんよね。
架空の世界、あるいはビフォアコロナの世界になります。

じゃあ、皆がマスクつけている日常を描けばいい、という理屈になりますが、それはなかなか難しい。
一つには、そんなシーン観たくない。
皆がマスクつけている日常なんて、まだ受け容れられてないんですよ。
それを露出すると、「受け容れろ」という強制を感じてしまいます。
そこには反発が生まれます。

それよりもっと大きな問題は、マスクしちゃったら「表情が描けない」。
これはかなり致命的です。
「半沢直樹」新シリーズが歌舞伎役者陣の顔芸で話題をさらっていますが、これは現代劇ではないんですよね。
航空会社再生というテーマを知った時、また古い話を持ち出してきたな、と感じたんですけど、時代設定がビフォアコロナのどこかなんですね。
だから違和感がない。
もしウィズコロナを舞台に「半沢直樹」を作ることになったら?
不可能と思います。
マスクして顔芸はできませんから。
第3弾があるとしたら、その舞台はやはりビフォアコロナになるんでしょうか。
この先、ずーっとビフォアコロナ?
いや、マスクのないアフターコロナを描けばいい?

おそらく、映像の世界において、皆がマスクをつけているSlice of lifeは「なかったもの」にしようよ、というのが暗黙の了解になっている気がします。
これは一時的な異常なものだから。
こんなのは日常じゃないよね。
日常として描きたくなんかないよね、と。
すぐアフターコロナの世界が来るから、それまではSlice of lifeもビフォアコロナでいいじゃないか、と。

ではマスクのない世界がやって来るのはいつ頃なんでしょう。
来年ワクチンが開発されたとしても、日本国民全員がサーッと一斉に打てるものとは思えません。
行き渡るにはかなり時間がかかるはず。
それに、一回打てば永久に免疫ができる、というものでもなさそう。
インフルエンザワクチンのように、年に1回、あるいは季節ごとに1回打つ、といったものになる可能性が高いそうです。
全員がつけている、ではないにせよ、マスクをつけてる人がいないという世界はもう訪れないんじゃないでしょうか。
そうすると、だんだん、皆の共通認識が変わってくるはず。
「マスクをつけてる人がいるのが日常シーンだ」と。
マスクをつけてる人がいないと、どこか絵空事に見えて来るということです。
その分岐点を推し量るのがメチャ難しいなあと思っています。
顔と顔を突き合わせて「おしまいDeath!」とかやっても、「普通あんなことしないだろ」という反応が返るタイミングがやがてやって来るわけです。

来年のドラマ、CMはどうなるんだろう。
ノーマスクで撮影すると、ああビフォアコロナの頃の話ね、となってしまう恐れがあります。
「今のリアルをベースにした話なんだ」と伝えるためには、マスク着用が必要となるでしょう。
ところが、マスクをつけると表情が描けない。
このジレンマはけっこう制作者としては頭が痛い。
今はまだ問題として顕在化してませんが、すぐ困ることになります。
でも正直、今のところ解がないです。