AIはアルヒーポプになれるか

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人類が最も破滅に近づいた日は、1962年10月27日(僕が生まれた5日後)です。
キューバ危機の最中、核ミサイルを搭載したソ連潜水艦が米海軍の封鎖線を突破しようとして駆逐艦から爆雷攻撃を受けた。
これは冷戦が終結してから明らかになったことなんですけど、彼らはもし米軍から攻撃を受けたら核ミサイルを発射するよう命令されてたんですね。
当然、乗組員は発射しようとしたわけですが、そこに乗り合わせていたヴァシーリイ・アルヒーポプという政治将校が猛反対したんです。
それで潜水艦は浮上してソ連に引き返した。
もしその潜水艦に彼が乗っていなかったり、傍観していたら核戦争は起きていました。
政治将校とは共産党の命令を現場に周知させる立場にあるので、やっていることはあべこべだし、ソ連に帰ってから処刑されることも考えられます。
でも彼は、それでも命令に従うべきではないと主張した。
その真の理由はわかりません。
人間的な、世界を破滅に至らせる恐怖によるものだったのかもしれないし、当時のソ連の国力では勝てないという彼なりの計算や愛国心によるものかもしれません。
ただ、その時の彼一個人の判断で僕らはここに生きています。

一方、先制核攻撃を主張し続けたのがアメリカのカーチス・ルメイ。
この人は焼夷弾で日本を焼き払った人なんですが、実は原爆も彼が勝手に投下したことがわかってきてます。
当時の大統領トルーマンは原爆投下をずっとためらっていたようなんですが、何も言ってこないのは承諾したということだ、なんて理由をつけて投下して、それを後で知らされたトルーマンは激高したそうです。
投下しちゃったからにはということで、日本を降伏させるためにやむを得なかったとTVで言ったものだから、トルーマンは人類で初めて原爆を投下させた大統領という汚名に甘んじることとなりました。
結果的に日本は降伏しましたし、冷戦時代は相手に勝つためには先制核攻撃しかないと信じられていましたから、もしかすると、ソ連に勝つという一点においてはルメイの主張が正しかったと言えるかもしれません。
ただケネディ始め、誰も彼の主張を受け容れなかった。
これは人間の本能によるものだと僕は思うんです。
「相手を殺してまで自分が助かりたい」という本能は、人間には備わってないんです。
動物も同じですよ。
縄張り争いで勝っても、相手を殺すまではしないんです。
去って行けば、それ以上はしない。
「自分だけ」という考えは、結果的には自分のためにならないからです。
利他と利己のバランスをどううまく取るかが最終的には自分のためになる、ということを人間も動物も本能でわかっているんです。
孫子も「八部の勝ちが最善」と言ってます。

もしもAIにキューバ危機の判断を委ねたらどうなっただろうか?と思います。
おそらく、かなり高度に発達したAIなら、アルヒーポプと同じ判断をするんじゃないでしょうか。
でも、「自分だけ」にとどまったAIなら、ルメイと同じ判断をするんじゃないでしょうか。

僕はクライアントビジネスをしていますから、クライアントを勝たせるために知恵を絞ります。
かたや、競合相手もまた知恵を絞っているわけで、そこには何らかの敬意のようなものもあるし、仕事の楽しさもその丁々発止から生まれてくると思っています。
ただ、相手を殺そうとまでは思わない。
相手を殺して楽しく感じるのは異常者なんですよ。
遺伝子のエラーです。
昔PlayStationに携わっているとき、セガがハードから撤退しました(これは僕らが殺したと言うよりもセガのオウンゴールだと思います)。
ゲーム業界は一気に冷めました。
ソニーとセガが丁々発止でやり合っている、それが面白くて、自分はソニー側、自分はセガ側、みたいに盛り上がっていたのが、一瞬で殺伐とした空気に包まれ、それ以降PlayStationも当時の元気を取り戻せずにいます。
「自分だけ」は自分のためにもならないとはそういうことでもあります。

株価のボラティリティ(変動の大きさ)は増加するばかりで、日経平均も800円ぐらい普通に下げるようになっています。
これは株の売買にAI技術を導入したことが理由と言われています。
「自分だけ」AIですね。
共存共栄ではなく、自分だけ得をする、自分だけ損をしない、という冷徹な計算に皆が徹すると、世界がぶっ壊れようとどうなろうとお構いなし。
その先に待っているのは経済崩壊であるような気がします。
株というのはそもそも、ある素晴らしいビジネスをカタチにするために、資金を皆で出し合うシステムです。
そこに「自分だけ」が紛れ込むと、そのビジネスがどんなに素晴らしかろうと、ざーっと資金が引いていって終わり、あるいはくだらないビジネスに資金が殺到して創業者に意味のない金を渡すだけ、みたいな世界になるわけです。

広告業界においても、現在のAI技術はまだ「自分だけ」技術です。
これを全ての広告主がそのまんま導入すればどうなるか。
極端に言えば、単なる殺し合いの世界になるでしょうね。
最後に立っているのは誰だ?と。
確かに今も、もはやビジネス界はどうしようもないぐらい殺伐としています。
えっ、あそこが…と、栄華を極めた企業がいつの間にか倒産してたり。
しかし戦いでも堂々と名乗り合う武士の世界もあれば、無人機によるゲーム感覚でミサイルを放つ世界もあります。
「自分だけ」AI技術に判断を委ねるとその世界で生きることじたい嫌になってくるでしょう。
どうやって人間がそれを取り込むのか、制御するのか、広告業界も次に問われるのはそこになるように感じます。