JAA「TVとデジタル商談用共通指標」への提言

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1月29日に催された、JAA(日本広告主協会)のセミナーを聴きに行きました。
全体のテーマとしては広告主としてマスとデジタルの融合をどう進めるか、というものでしたが、セミナーの最後にJAAから各広告主に提唱される「TVとデジタル商談用共通指標」の内容に興味があったからです。
(ちょっと横道に逸れますが、「TVとデジタル」という言い方は厳密には正しくないと僕は思っています。TVからもデータが取れるようになり、CM配信も運用型になっていくかも、という中においてはTVもデジタルメディアと捉えるべきだからです。「TVとWeb」が正しい表現かと。まあ、そこは置いときまして…)
その指標は、流通バイヤーとの商談の場で使う想定で作られたものです。

今まで流通の棚を確保するための取引通貨はTVCMの出稿量、GRPでした。
TVに何GRP出稿するか?以外のコミュニケーション活動は一切無視されてきたのが実状です。
広告コミュニケーションがデジタルシフトしていく中で、Webのコミュニケーション活動が勘案されないのはおかしい、TVCMとWeb動画とひっくるめて評価するように持って行きたい、というのが今回の提唱の眼目です。
僕はこの大方針には喝采を送りたいと思います。
生活者と向き合わず、流通対策のため無駄にTVに出稿するなどといった、合理性を欠くことが今までこの慣習によって生じて来たからです。
また、対流通だけでなく、ここにはいろんな可能性が込められています。
タレントの出演条件もGRPが基本ですし、あちこちにまだはびこっているGRP至上主義がここから改まっていくかもしれません。
何より、これからは「マス・Web統合」で評価するのだ、と広告業界周辺の人たちに意識を変えてもらうことは非常に重要です。
そのような方向で、コミュニケーション活動全体を評価する基準作りの第一歩を踏み出したのは大きな意義のあることと感じた次第です。
それに、今後TVCMの予算がWebに移っていくのは避けられないでしょう。
日本民間放送連盟の規定により、TVCMのオンエア回数には制限があるからです。
TV局がひっちゃきになって視聴率UPを図ろうとするのは、視聴率が上がらなければCM1本あたりの収入が減るからです。
しかしその努力にも関わらず、これから動画コンテンツは地上波以外で楽しむスタイルが増えるはずですから、TVだけでコミュニケーション全体予算を消化しきれないことになり、その分Webでアプローチするのが自然な流れと思います。
今回の共通指標化はその流れに沿ったものと認識しています。

ただ惜しむらくは、内容がちょっと荒っぽすぎる印象が…。
具体的な指標ですが、「率から回へ」の思想で、メディアを問わず、また短尺長尺を問わず動画広告を「何回表示するか」という超シンプルなもので行こう、ということでした。
実はこの手前の「当初案」があり、それは「何人に何回表示するか」というものだったそうなのですが、僕はそっちが正しいのではと感じました。
現状の結論に辿り着くまでには、いろんな要素を検討されたそうです。
ターゲティングの精度の差を盛り込むべきか、とか、ビューアビリティの概念を含めるべきか、などなど。
そういったいろんな要素を含めていくと複雑になりすぎるし、中でも厄介なのが、TVのGRPはターゲットの中で何人に届いたのか把握しやすいが、Webはデバイスやプラットフォームが重なり合っているのでユニークユーザー数を捉えにくい、ということがあり、それでシンプルな総表示回数にしたという説明でした。
しかし、まさにそのデバイスやプラットフォームの重なりを勘案しながらシミュレーションすることこそがリーチとフリクエンシーの最適化、運用というものであり、Webのメディアプランニングとはそれを指すと思っています。
そういったシミュレーションがまだできないエージェンシーも確かに多いですが、デジタルの先端を走っているところはそれをやるのが仕事です。
せっかくTVとWebの共通指標を作ろうというチャレンジなのに、Webの神髄であるリーチとフリクエンシーが排除されているところに、どうも違和感を否めませんでした。
また、TVとWebの大きな差はターゲティングの精度もありますが、リーチ力にもまだまだ大きな開きがあります。
ターゲット1人に何回表示したか?だけではなく、何人に表示したか?を欠いてはTVとWebの正しい評価につながらないように思うのです。

この共通指標をJAAの会員広告主が流通バイヤーとの商談で使う大きな意義として、流通サイドに「デジタル広告量」にも意識を振り向けたいのだ、という説明もありました。
それも大方針として僕に何ら異論はありません。
ただ、逆の危惧も感じました。
この共通指標は、暗にWebの表示1回もTVの表示1回も同じ効果なのだ、と伝えていることになります。
そうすると、同じ表示回数ならコスパのいいやり方を選べばいいじゃん、という短絡的な話につながっていかないかなと。
つまりマスとWebの「or」意識をまたしても再燃させることにならないかな、というのが心配なのです。

マスとWebは「and」意識で統合するのが一番だと僕は思っています。
たとえば、TVCMには「フォロー」という考え方があります。
CMは3回観られると心理変容が起きる、といった定説がありまして、立ち上がり期に続いて、少し時期を置いてからまたオンエアすると効果が高いとされていて、この露出の仕方を「フォロー」と呼びます。
僕は、フォローをバンパー広告でできないかなと考えています。
TVCMを1回観た人に対して(スマートTV利用者からのデータを、推測アルゴリズムによってスマホ全体にひも付けられるようになって来ています)は、全く同じTVCMを見せる必要はなく、要点だけをWebの6秒(余談ながらバンパーは6秒きっかりだと6秒オーバーと認識されることがあるようなので5.8秒で作るのが安全です)で伝えるだけでもリマインド効果は出るのではという仮説です。
もしそういうやり方が一般化すると全体のコミュニケーションコストは激減するはずですし、TVとWebのウィンウィン関係のわかりやすい一例になり得ると思うわけです。

思うに、商談上の共通指標としてはこれまでのGRPのままでよいのではと。
ただし、Webの「係数」を掛け合わせることによって、単にTVCMだけ露出するよりも〇倍になる、という説明をすればいいのではということです。
実際、流通バイヤーに棚取りの商談をする際には、当該商品のコンセプトや広告の概要を記入するフォームが用意されているそうですが、そのフォームはもう「GRP」という単位になっちゃっていて、これをメーカー側が書き換えるわけにはなかなかいかないという実状もあるようです。
これであれば、GRP主義の流儀を大きく崩すハードルなく理解されやすいのではないか、これからはTVだけじゃなくWebとの統合がモノを言うのだという意識付けに寄与するのではないかと思うわけです。
じゃあその係数はどうやって算出するのか。
TVCMに何GRP出稿して、Webメディアのこれに何回、これに何回表示するとこれぐらいの出稿量UPと同等の効果が出る、という計算式を作って、エクセルか何かでJAAの会員広告主に配布すればいいと思うんです。
セミナーには電通の執行役員もいらしてましたが、電通デジタルぐらいの知見があればできるでしょう。
完全な精度は求めにくいと思います。
が、新しい共通指標は「取引指標」ではなく「説明指標」として使ってほしい、というお話もありました。
ならば、大枠の出稿価値を掴む、という目的は達せられると考えます。
では、Webにしか出稿しない場合はどうするのか、ですが、オールターゲットに近い消費財で、TV抜きのアプローチは考えられない、というものはまだまだ多いでしょう。
現状、流通バイヤーとの商談ではTVCMありきがマジョリティであると考えられます。
Webオンリーのコミュニケーションがフィットするのはターゲットが限られる商品です。
それはそのような説明をした上で、あえてTV的なGRPに換算するならばこのぐらい、という見せ方をすればよいのではないでしょうか。
逆に言えばその話に耳を傾けてもらうために、まずはTVCM効果にWebが寄与するのだ、という指標から始めることでスムーズな道筋を作れるのではと思うのです。

僕は、マス・Web統合時代における出稿量の共通指標化にJAAが動いた、というところに大きな意義を感じています。
広告主にダイレクトに呼びかけられるのはJAAしかなく、広告主自身が動かなければ何も変わっていかないからです。
であればこそ、広告主が動きやすい指標であってほしいと思います。
おそらく提唱された指標では、広告主は動きづらいように感じます。
「GRP」の考え方がもう古い、というのは確かにそうで、今後、マス・Web統合コミュニケーションにふさわしい新しい指標が必要とされることは間違いないと思います。
ただ不完全でも「橋渡し」があってこそ次へ進める、というものもあります。
電気自動車の前にハイブリッドが必要だったように、有機ELの前に液晶が必要だったように。
せっかくの一歩を踏み出したのですから、ここで火を絶やすことなく、この指標なら動けると会員広告主の多くが賛同してくれるまで、二の矢三の矢を放っていただきたいなと切に期待します。