「社訓」は更新するもの

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電通「鬼十則」が社員手帳から削除されるというニュースが業界内で話題となっています。
広告業界人の大方の意見は、
「それはおかしいだろ」
というもので(と言うよりそれ以外のものを目にしない)、競合エージェンシーの社員たちですら違和感を口に出しています。

思うに、あれは広告業の仕事哲学のようなものです。
仕事への向き合い方をどう考えるべきかが主に書かれているわけで、過労死の原因に直結しているかというと僕も疑問に感じます。
ただ、今の電通に必要な社訓として機能しているかというと、僕はそこにも若干の疑問を覚えるのです。

C.I.(コーポレートアイデンティティ)とは、新しい時代に向けて自分たちがどうあればよいか、どの方向に向けて走ればいいか常に点検しようというもので、どんな企業にも必要な考え方です。
そして、その上位理念を具現化するためにはそれに沿った人事評価の見直しがなければならず、そこには社員の行動規範を示す「社訓」の見直しも含まれなければいけません。

たとえば昨年、大手CM制作会社AOI Pro.の新しい企業スローガンを作らせていただきました。
「Creative Alliance」
というものですが、クリエイティブを中軸に置きながらも、様々な産業やベンチャーとつながっていくことで新しい事業創造のできるグループに脱皮していこうという企業姿勢を示しています。
実際、AOI Pro.はいろんな企業を統合したり、TYOとホールディングスを作るなど、総合クリエイティブグループとしての進化を加速させています。
そして、その新しい企業理念を現場の動きに落としこむために社訓を一つ増やしました。
「出会いに臆するな。」
というものです。
広告制作という枠に閉じこもらず、どんどん新しい出会いを見つけていこう、そして、そういう社員を会社は評価するぞ、とここで明言しているわけです。

また以前C.I.作業をやらせていただいたTECDIAという電子技術系企業の社訓も、今年作らせてもらいました。
社員の行動規範が非常に多岐に渡っている上に難解で、なかなか浸透しないという悩みをお持ちでした。
で僕は、「カツカレー」「自転車」「跳び箱」「孫の手」の4つの単語を会社の壁に貼っといてください、と提案しました(実際に今、会社の入り口に綺麗にデザインされて貼られています)。
それぞれに意味があります。
「カツとカレーという異文化が出会うことで人類は未体験にして究極の味、カツカレーを生み出した。異なる文化を持つ社員がぶつかり合うことでイノベーションを生むのだ」
とか。
「誰でも最初は補助輪を付けたり親に支えてもらって自転車に乗れるようになった。新人には会社が補助輪を付けて支えるが、いつかは自走しなければいけない」
とか。
僕が考えたのは、どの言葉にも気持ちよさが必要だろう、ということでした。
気持ちいい言葉は誰にも無理なく、自発的に覚えてもらえます。
会議でも「今のアイデアはまだカツが小さいな・・・」なんて使われるようになります。
そうすることで社内に浸透させていこうという作戦です。
そしてこれも、事業の内容が変化し、また従業員の構成も変化する中でのC.I.から落としてきたものです。

かく言う僕の会社にも社訓めいたものがあります。
「ワンストップからノンストップへ。」
というものなんですが、7年ほど前、no problemを設立した時点で目指していたのはクリエイティブの全てを一括で受注できる組織でした。
その頃はあらゆる仕事を自分の会社に落とそう、という意識でがんばってました。
しかし、それを真逆に切り替えたんです。
もうそういう、一つの組織で全てをこなせる時代じゃない、と感じるようになって来たからです。
今は何か新しい案件があれば、どの会社にそれを落とすかをまず考えます。
僕が中に入って総合系エージェンシーとデジタル専業系エージェンシーを取り持ったりすらします。
それが功を奏してか、独立して20年ほどになりますが、今年が最も利益の出た年になりました。

電通の「鬼十則」は中興の祖である吉田秀雄氏が書いたものとして、不可侵な存在になっているのでしょう。
だから、改訂する、手を付ける、ということもできず、バッサリ削除するしかないということになったのかなと想像します。
ならば電通を発展させた「ルーツの言葉」として置いておけばいいと思うのです。
社員手帳に載せるとしたら、この時代の社員の行動規範として機能する社訓を新たに作るのが合理的な考え方であるように感じます。
もしかするとそんなことを誰かに言われるまでもなく、とっくにそこまで考えて削除の決断をされたのかもしれませんが。