勝たなきゃ意味ないんで。

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僕のような独立系のCDが広告代理店から受ける依頼は、ほとんどが競合プレゼンです。代理店内のクリエイティブチームにCDとして参加して、プレゼンを勝利に導いてほしいと。けっこうな重責を担わされます。
大きなキャンペーンとなるとマーケティング(ストラテジー)プラン、クリエイティブプラン、メディアプランなどと複合的なプランの提案になるのですが、やはりクリエイティブが要となることが多いのです。

さて、では競合プレゼンに勝つにはどうすればいいか。
誰も発想できないような素晴らしいクリエイティブを考えて提案すればよい?
全く違います。
どんなに偉大なクリエイティブを思いついたとしても、クライアントのオリエン、求めているものと違ったらそれは選ばれません。
営業さんはクリエイターの暴走を鎮めるために、よく「勝たなきゃ意味ないんで」と言います。
まずクライアントに受け容れてもらえる案を考えましょうよ、勝たないと何も始まらないじゃないですか、と。
その通り。
実現できない企画に価値はありません。

競合プレゼンで選ばれるためには、僕は「肯定とサプライズ」がセオリーと思っています。
クライアントが求めているもの、それをまず受け容れ、認め、肯定します。その上で、さらに期待を上回るサプライズを用意する、ということです。
彼らの求めているものが間違っている、と感じることもあります。
でも、あなたたちは間違っています、僕らの考え方が正しい、と主張しても、納得してもらえることはまずありません。
彼らにしかわからない事情があることもあるし、クライアントの方が長く深く考えていて、じつは僕らの方が浅はかだったということも多いのです。

今回の都知事選。
僕は職業柄か、選挙と競合プレゼンを重ねて見てしまいます。
細川氏が落選したことで、脱原発の人たちは大いに落胆し、茂木さんの「東京だせー」というツイッター発言が炎上中です。
しかし、思うに、細川氏は都民に対して、勝つためのプレゼンテーションを行ったのだろうか?
都民の関心事はもはや原発ではなく、景気や少子化対策だということはわかっていた。
そして、無意識の欲求としてはナショナリズムもあったでしょう。首都のプライドも。
舛添氏はある意味、オリエンをそのままプランとして提示し、「東京世界一」という、ナショナリズムとプライドをくすぐるスローガンを掲げた。
そこに脱原発一本槍で戦おうとしても、無理があります。
もし細川陣営に代理店の営業さんがいたら、「勝たなきゃ意味ないんで」と言ったんじゃないかなあ。

人はそれぞれいろんな事情を抱えてる。企業がそれぞれ事情を抱えているように。
その総和が景気・少子化対策なのだとしたら、それをまず認めてあげないと競合プレゼンに勝つことはできません。
一番気にしてるところの課題解決プランを提示した上で、でもね、それだけだとマイナスをゼロにしただけじゃないですか、東京にはもっと可能性ありますよ、そこで止まってていいんですか、未来の世界一都市を目指しましょうよ、そのためには未来産業である再生可能エネルギー企業を世界中から東京に集めるんです、関連企業を減税するんです、そしてそれは、脱原発とセットにすることで世界への力強いメッセージとなるんです、だとか、そんな言い方してたら、結果も少し変わってきてたんじゃないでしょうか。

いまネットは脱原発の人たちの罵詈雑言で溢れてます。
都民は馬鹿だとか阿呆だとか。
競合プレゼンに落ちた結果を聞いて、あのクライアントは頭悪すぎだとか罵り始めるクリエイターに似ています。

昔、僕が新人の頃はまだ代理店も余裕があって、自分たちが信じるものを提案しよう、というムードでした。落ちてもいいと。正しいことを提案し続けていれば、いつかわかってくれるはずと。
それが信頼につながって、結果的に強固な絆となった例を僕はいくつか見ています。
ただその場合も、あいつら馬鹿とか阿呆とか言う営業さんはいませんでした。