「獲ったもん勝ち」禁止。

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政局報道を観てていつも感じるのが、広告代理店と政党って似てるな-ってこと。競合プレゼンの際に広告代理店が提案するのは「クライアントにとって良いと信じる案」でない場合が多い。ほとんどが、「クライアントが選びやすい案」だ。獲ること優先。その案で本当に商品が売れるかどうか、キャンペーンが成功するかどうかは二の次となっていたりする。仕方のない話ではある。広告業界もサバイバル時代に突入していて、まず競合に勝たなければ生き残っていけない。悲しいがそれが現実としてある。それに、ゼロベースで耳を傾けるクライアントはどんどん少なくなって、だいたいが競合にした時点ですでにこうと思い込んでしまっている。だから自ずと情報を聞き出して「合わせる」プレゼンになってしまう。まあ、全部が全部そうではないし、素直に商品のヒットを目指して提案したものがスルッと選ばれる場合もある。僕みたいなフリーのCDは、代理店のために競合を獲らないといけないし、クライアントのために商品をヒットさせないといけないしと、ダブルの責を負わされていて、そのあたりのバランス取りがなかなか難しい。いろんな事情が絡み合って、勝ったり負けたりしている中で、なんであんなのが選ばれるんだ?とがっくり来ることは多々あるが、皆必死でやっていることだから文句は言うまいと思っている。
ただ、「獲り方」にも越えてはいけない一線はあるはずだ。明らかなウソをついて獲る、というのは業界に不信の種をまく御法度のやり方だろう。以前、こんなケースがあった。新規のクライアントなのに、予算がでかい。数十億のキャンペーン。僕はかなりいいプレゼンをしたつもりだが、クライアント内で投票となり、1票差で破れた。後日、勝った他店の提案物を見せてもらう機会があって、びっくりした。ちょっと広告をやっていたらこんなのありえないってわかるだろ、という提案のオンパレード。米国のビッグアーチストがその商品のベタベタ応援ソングを作って歌ってたり、石原都知事が新聞紙上で応援演説をしたりしていた。クライアントの中でも、こんなことできるのか、と訝しんだ人はいたらしいが、あの代理店ができると言うんだからできるんじゃないか、ということで決まったそうだ。もちろん、そんなもの不可能に決まっている。しかし、だまされたと気づいたとしても、競合プレゼンやり直しとはならないのだ…。
こんな「獲ったもん勝ち」がまかり通っちゃう広告業界。でもこれを咎めるにも難しいものがあるだろう。だって、お上だって同じことをやってるからだ。
昨日の消費増税はいったい何だろうか。増税しない、埋蔵金でオッケー、と約束して民主党は選挙に勝ったはず。「国民にとって良いと信じる案」ではなく「国民が選びやすい案」を提案して与党を獲り、後からやっぱり無理でした、がきっちりまかり通っている。マニフェストとは何だったのか。比例代表制の意味はどこにあるんだろうか。まさに獲ったもの勝ち、そのもの。
獲った者には獲ったことの責任が生じるはず。約束した内容は、4年間ギリギリまで守り続けないとダメだろう。それでうまくいかなければ、無理なマニフェストを選んだ国民の責任ということにもなる。政治を見る目も育って、重ねるごとに意味のある選挙になっていくだろう。約束したことができないのなら、もう一度マニフェストを作り直して解散総選挙だ。当たり前だ。都知事を広告に引っ張り出す約束を果たせなかった代理店は辞退すべきだろう。当たり前だ。日本の最高意思決定機関がでたらめをやるから、民間もでたらめを見ならうんじゃあないのか。