仕事を選ぶな人を選べ

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もうずいぶん前、博報堂でコピーライターをしてた頃、ある営業さんが新しい仕事を持ってきた。それは「はがき」だった。化粧品会社のエスティローダーが顧客に送るはがきのコピーを書いてくれというもの。仕掛けのある凝ったDMとかそういうものでもない、ただの官製はがき。当時博報堂はエスティローダーの扱いが全くなく、その営業さんが個人的なつてを利用してようやくそのはがきの仕事をもらってきた。僕はなんじゃその仕事はとやや呆れながらも受けることにした。周囲には「そんなの適当にやれよー」という人もいたが、受けたからにははがきであれ新聞15段であれ頭の使い方は変わらない。先輩ADといっしょに3案ほどラフを作った。それをボード張りしてプレゼンした。手のひらサイズのちっこいボードを並べながら「A、B、C、3案ございまして…」というプレゼンはなんだかギャグのようだったが、得意先は感激したらしい。それがきっかけで大きな競合プレゼンに参加することになった。「Fruition」という画期的な美容液。新聞を中心としたキャンペーンで100万個のサンプルを配りたいと言う。「このクーポンであなたの肌を新品に取り替えよう」というコンセプトでプレゼンしたら、それもたいへん感激されたようで、博報堂は初めて大きな扱いを獲れた。「Fruition」は爆発的に売れ、その後、僕は「Advanced night repair」「Beginner’s kit」はじめエスティローダーの主力商品のほとんどを任されるようになった。当時のマーケティング本部長の素敵なオバサン(失礼)とは今も親しく友人づきあいをさせていただいている。
大きなキャンペーンを任された時、TVCMばかり力を入れて販促物などは外部にぶん投げ、といったやり方をするCDは多い。僕は逆に店頭のPOPとか、そういう小さいものほど力を入れる。空中戦・地上戦などという言い方もあるが、商品によってはTVよりも店頭やチラシの方が重要なものも多いからだ。それに、そういう仕事をきちんとやることが信用になる。
ネットで若い人たちに対して「仕事は選べ、やりたい仕事だけやれ」という人がいる。その真意は僕にはよくわからないが、誰かから頼まれた仕事を選んではいけない。いや、選びようがない。ある人が重要な仕事を持っていたとして、それを見も知らぬ若造に託すだろうか?仕事は定食屋で食べたいメニューだけ選ぶようなわけにはいかない。新人はもちろん、僕のようなロートルであろうと、むしろ誰もやりたくないような仕事を進んでやるべきだ。発注主はそこのところがよくわかっているし、よく見ている。小さな仕事、嫌な仕事を手を抜かずにやってくれる人ほど大事にしてくれる。それが次の大きな仕事、魅力的な仕事につながっていく。つまり信用ができる。
「仕事を選ぶ」という意味が、発注主に迷惑をかけないよう自信の持てる仕事だけやる、などという意味ならまだわかる。もし楽しい楽しくない、あるいは仕事が重要かそうでないか、などという自分目線で仕事を選ぶのなら、そんな人を誰が信用するだろうか。特に僕らのようなクライアント商売の業界は「信用」が非常に重要だ。エージェンシーは決められた納期とクオリティを死んでも守らないといけない。だから広告はTV番組や雑誌編集よりも費用と時間のかかるコンテンツなのだ。途中で仕事に文句を言い出して降りてしまうとか、いい加減な仕事しかしないとか、自分でやると言っておきながら誰かに任せるとか、そういう人にエージェンシーは仕事出さない。普段から仕事してたり、紹介されたり、ある程度名前が売れていたりなど、信用のおける人間にしか仕事はなかなか発注されない。
もちろん発注主によっては、小さい仕事、安い仕事、嫌な仕事をにこにこやっていると、これは都合いいとばかりになめてかかってくる人もいるだろう。そういう人物とは縁を切れば良い。残念ながら、こちらの信用を平気で裏切るような人物はいる。そういう人と付き合いを続けてもろくなことにはならない。でもエスティローダーはそうじゃなかった。そして、たいていの発注主もそうじゃない。相手の心意気を高く評価する。
若い人、フリーの人、これからの人たちは、仕事を選ぶんじゃなく、人を選ぶ姿勢であるべきだ。この人にくっついていれば自分は成長できる、いろんな人脈ができる、夢が見られる、そういう人の仕事ならどんだけひどい仕事でも笑顔で引き受けるべきだと思う。