2015年6月17日
by kossii
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コピーライター養成講座を引き受けたワケ

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先日、小西利行くん、佐々木圭一くんと久しぶりに3人で飲みまして。 3人で揃って飲むのはもう10年以上ぶりかなあ…。 僕は広告代理店時代に彼らのトレーナーをやっていて、彼らからすると最初の師匠と言うことになります。 小西くんはPoolを立ち上げCDとして大成功を収めているし、佐々木くんは「伝え方が9割」で大ヒットを飛ばすなど、やはり自分の関わっていた人たちが活躍しているのは嬉しいもの。 それで、当然ながら昔話に花が咲き…。 その一つとしてこんなものがありました。 佐々木くんが初ボーナスをもらったとき、それで2人に奢ると。 いつも奢ってもらってばかりだからたまには自分が、と言い張るので、じゃあそうしてもらおうかと。 誰に聞いたのか 「ここはうまいらしいですよ!」 という寿司屋をどこだったか予約して、飲み食いしてお勘定になり、 「ここは僕に任せてください!」 とカウンターに向かったものの、頭を下げながらすごすごと戻って来て、 「お金が足りませんでした・・・」 と。 いったいいくら金持って来たのよ、と聞いたら3万円だと。 「それなりの寿司屋で1人1万で足りるかよ」 ということで、そこは僕が出すことに。 「じゃあ、2軒目は僕が出しますよ!」 てことでどこだったかおネエちゃんのいる店に行ったんだけど、 「足りません・・・」 そりゃそうだわな。 そこも僕が出すことに。 まあ、毎日がそんなかんじで、この2人には通算1千万円ぐらいは奢ってるんじゃないでしょうか? こないだ「ワイドナショー」でダウンタウン松本が 「自分は後輩たちに1億は奢ってると思う」 と言ってたけど、先輩後輩というのはそういうものじゃないかと。 僕自身も若い頃、上司やいろんな方から散々奢られましたから。 水が上から下に流れるように、お金も上から下に流すものと僕は思っていて、それはたとえ顔を知らない間柄でも同じだろうと。 だから広告学校も無料でやっているし、セミナーで言えば、社会人が会社の経費で来るようなものは引き受けるけど学生がバイトしながら参加費を捻出するような養成講座のようなセミナーはお断りして来たわけです。 ただ、今年の養成講座はカリキュラムが一新されていて、これまでとは精神的な何かが異なる気がしました。 昨年度に発売された僕の著作は、コピーライターがちゃんと食っていくためのスキルとか姿勢とかを書いてほしいという宣伝会議のオファーから生まれたものですが、その気持ちが組み込まれているように見えたのです。 で、やはり「お金をもらえるコピーとは何か」といったテーマでやってくれないか、という依頼が。 それを拒否するわけにはいかないなと…。 大人の義理のようなものもちょっとありますし…。 それで、2コースで1コマずつ持つことにしたのですが、2部構成にしてもらいました。 第1部は講義。 第2部は質疑応答会ということで、飲食しながらいろいろ受講生の疑問や質問に答える。 ただそこの飲食代は全部僕の講義料から払う。 ということに。 … Continue reading

2015年1月5日
by kossii
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2015年はいい年になる。(根拠あり)

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皆様、明けましておめでとうございます! 今年は2015年ですね。 とても良い年になりそうな気がします。 そう言いきれる根拠。 それは、「2015」という歯切れの良さです。 5の倍数ですよ。 なんだそんなことかって? いや案外とそういうことが重要と思いますよ。 歴史を振り返っても、悪いことが起きる年って数字がいびつなんですよ。 1939とか。 5とか10とか歯切れのいい年、周年感覚の年は、何だか祝いたくなってくる。 そういう人々の小さな心理が積み重なって、時代を大きく動かすんだと思います。 そして今年は、自分個人にとっても飛躍の年になると思われます。 旧年、休眠会社であった(株)小霜オフィスをクリエイティブのコンサルティング会社として立ち上げ直しコンサルとしての活動を開始したところ、非常に多くの企業様から引き合いが来ています。 各ビジネスモデルと最新マーケティングのマッチングをすることで、独自のコミュニケーションを開発します。 これまでno problemは「ワンストップ」を目指していましたが、今では180度方針を変え、いわば「ノンストップ」でやっています。 いろんなスキルを持つパートナー企業とアライアンスすることでどんな課題にも応えられる体制を作り始めています。 その「ノンストップ」アライアンス企業陣と、今年は業界の構造じたいを変革する仕事も担うことになりそうです。「TVCMとモバイル動画のワンパッケージ化」「CSRとコンテンツマーケティングの統合」「WEB動画視聴率の統一基準作成」などに取り組んでいく予定です。 広告代理店様、広告プロダクション様などへできるサポートとしては、まず「内部クリエイティブのサポートによるコンペの勝率アップ」となるでしょうか。 これまで主に外部CDとしてチームの前面に立ってクリエイティブを企画制作していたわけですが、それでは広告代理店に知見が貯まらないし、内部CDと広告主との絆もできません。 どこか不自然であったわけです。 今後は逆に、広告代理店に知見が貯まり、内部CDと広告主との関係を固めるように動く、そんなポジションを開発したいと考えています(もちろん従来通りのコピーライティングやクリエイティブディレクションもお引き受けしています)。 なんだか妙な年始の挨拶になりました。 今後とも、広告業界の発展のため、皆様のビジネスの発展のため、誠心誠意努力してまいりますので引き続きご支援ご指導の程、よろしくお願い申し上げます。 平成27年元旦 (株)小霜オフィス 代表取締役 no problem LLC. 代表社員 小霜和也

2014年2月11日
by kossii
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勝たなきゃ意味ないんで。

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僕のような独立系のCDが広告代理店から受ける依頼は、ほとんどが競合プレゼンです。代理店内のクリエイティブチームにCDとして参加して、プレゼンを勝利に導いてほしいと。けっこうな重責を担わされます。 大きなキャンペーンとなるとマーケティング(ストラテジー)プラン、クリエイティブプラン、メディアプランなどと複合的なプランの提案になるのですが、やはりクリエイティブが要となることが多いのです。 さて、では競合プレゼンに勝つにはどうすればいいか。 誰も発想できないような素晴らしいクリエイティブを考えて提案すればよい? 全く違います。 どんなに偉大なクリエイティブを思いついたとしても、クライアントのオリエン、求めているものと違ったらそれは選ばれません。 営業さんはクリエイターの暴走を鎮めるために、よく「勝たなきゃ意味ないんで」と言います。 まずクライアントに受け容れてもらえる案を考えましょうよ、勝たないと何も始まらないじゃないですか、と。 その通り。 実現できない企画に価値はありません。 競合プレゼンで選ばれるためには、僕は「肯定とサプライズ」がセオリーと思っています。 クライアントが求めているもの、それをまず受け容れ、認め、肯定します。その上で、さらに期待を上回るサプライズを用意する、ということです。 彼らの求めているものが間違っている、と感じることもあります。 でも、あなたたちは間違っています、僕らの考え方が正しい、と主張しても、納得してもらえることはまずありません。 彼らにしかわからない事情があることもあるし、クライアントの方が長く深く考えていて、じつは僕らの方が浅はかだったということも多いのです。 今回の都知事選。 僕は職業柄か、選挙と競合プレゼンを重ねて見てしまいます。 細川氏が落選したことで、脱原発の人たちは大いに落胆し、茂木さんの「東京だせー」というツイッター発言が炎上中です。 しかし、思うに、細川氏は都民に対して、勝つためのプレゼンテーションを行ったのだろうか? 都民の関心事はもはや原発ではなく、景気や少子化対策だということはわかっていた。 そして、無意識の欲求としてはナショナリズムもあったでしょう。首都のプライドも。 舛添氏はある意味、オリエンをそのままプランとして提示し、「東京世界一」という、ナショナリズムとプライドをくすぐるスローガンを掲げた。 そこに脱原発一本槍で戦おうとしても、無理があります。 もし細川陣営に代理店の営業さんがいたら、「勝たなきゃ意味ないんで」と言ったんじゃないかなあ。 人はそれぞれいろんな事情を抱えてる。企業がそれぞれ事情を抱えているように。 その総和が景気・少子化対策なのだとしたら、それをまず認めてあげないと競合プレゼンに勝つことはできません。 一番気にしてるところの課題解決プランを提示した上で、でもね、それだけだとマイナスをゼロにしただけじゃないですか、東京にはもっと可能性ありますよ、そこで止まってていいんですか、未来の世界一都市を目指しましょうよ、そのためには未来産業である再生可能エネルギー企業を世界中から東京に集めるんです、関連企業を減税するんです、そしてそれは、脱原発とセットにすることで世界への力強いメッセージとなるんです、だとか、そんな言い方してたら、結果も少し変わってきてたんじゃないでしょうか。 いまネットは脱原発の人たちの罵詈雑言で溢れてます。 都民は馬鹿だとか阿呆だとか。 競合プレゼンに落ちた結果を聞いて、あのクライアントは頭悪すぎだとか罵り始めるクリエイターに似ています。 昔、僕が新人の頃はまだ代理店も余裕があって、自分たちが信じるものを提案しよう、というムードでした。落ちてもいいと。正しいことを提案し続けていれば、いつかわかってくれるはずと。 それが信頼につながって、結果的に強固な絆となった例を僕はいくつか見ています。 ただその場合も、あいつら馬鹿とか阿呆とか言う営業さんはいませんでした。

2011年12月20日
by kossii
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「凹んでる若手クリエイター誰でも俺が奢ってやる会」第2回目のお知らせ

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2年前のある日、べろんべろんに酔っ払って帰宅した僕は、ソファに横になりなぜだか「宣伝会議」をパラパラとめくったようです。すると、どこかの広告代理店の若手クリエイターが、いい仕事は著名クリエイターばかりに行って自分には全然回ってこない云々と言ったグチをグチグチと書き込んでいたのが眼に入ったようで、それで僕はなぜかデスクに行ってPCからツイッターに、「凹んでる若手クリエイター誰でも俺がメシ奢ってやる!」といったことを書き込んだようなのです。なぜ「ようなのです」かと言うと、記憶が定かでないからなのです。 次の日、目が覚めてツイッターを見ると、「小霜さん男だ!」とか「ぜひ参加します!」といったRTがいっぱい来てるではないですか。記憶が定かでない書き込みとは言え後に引けなくなり、結局僕は30名の凹んでる人たちに鴨鍋とカラオケをおごったのでした。 で、来週、2年ぶりにその「凹若会」をやろうかと思います。 コンセプトは単純です。食い物屋を予約するので、そこに勝手に来て、そこにいる人たちと勝手にしゃべって、飲み食いして帰ってください。そんだけです。調子に乗ってその後カラオケに行くかもしれないので、着いてきてくれてもいいです。飲食代は全てゴチします。 「若手」と言ってますけど「自分的に若手」と言い張るならば実年齢はさほど問いません。「クリエイター」と言ってますけど「自分的にクリエイティブ」と思っていれば営業職でもかまいません。「凹んでる」が重要です。いい仕事に恵まれなかったり貧乏だったり彼氏彼女がいなかったりうっかりツイッターで炎上したりした人たちが傷をなめ合うトホホな飲み会です。かく言う僕もいろいろ凹むこと多いのでなぐさめてください。美女希望。 なぜここに来てまたやろうと思い立ったかというと、ひとつには、前回参加した人たちから「またやってくださいよ」と言われることが時々あるからです。主宰した僕自身は「はたしてこんな会が楽しいんだろうか」とクールに眺めていたのですけど、若い人たちには横のつながりができたりしてメリットがあったようです。予想外です。もうひとつには、今年も会社の決算がずいぶん良かったので、交際費でいっちょパーッと奢ってやるか気分に浸っているからです。 社員に賞与を出し、被災地にも寄付し、さらに若い人たちにパーッと奢って、ご満悦気分で新年を迎えてやろうかと。ついでに言うと、お金とは下から上に吸い上げるものではなく、上から下に流れるのが自然と思っているので、僕は若い人に奢ることに抵抗がないのです。 日時:12/28(水)19時~  場所:六本木周辺のどこか(今からさがします!) 参加希望の方は、 kossii_2010@yahoo.co.jp までメールください。お店が確定し次第お知らせします。お店の大きさにもよりますが、とりあえず先着30人とさせてください。 *定員に達しました。 12/23

2011年12月4日
by kossii
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「見せないでくれ」社会

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田中沖縄防衛局長のオフレコ発言が問題になっている。マスコミもネットも彼への非難の嵐だ。 なぜそこまで彼が非難されるのか、自分にはわからない。 「犯す前に犯しますよと言うヤツがいるか」。普天間基地の辺野古への移設に関して政府は事業当事者として環境影響評価書を提出しなければならないが、移設を強行するために評価書の提出時期を見定めている。その、政府の本音を暴露したわけだ。 彼がどういう気持ちでそういう発言をしたかが重要だ。どうだ、お前らは俺たちに黙ってレイプされるしかねーんだよ!と沖縄人を小馬鹿にした気持ちで言ったのかもしれない。でも、常に本土の意向で基地政策を決定される沖縄に同情して言ったのかもしれない。自分がその機構の一部であることへの自嘲も含めて。だとすれば、琉球新報は、政府の嘘をオフレコレベルで伝えてくれる貴重な存在を自ら追放した愚か者ということになる。しかも今後、彼らに本音を話す関係者はいなくなるだろう。 人間の感情というのは複雑であって、言葉面がやさしいからといって相手のことを親身に考えているとは限らない。むしろキレイゴトばかりの人こそ疑うべきだ。乱暴で突き放した粗野な物言いをする人の方が、深く相手のことを考えていたりするものだ。自分の無力さを恥じるとき、そういう言い方になったりするからだ。 だから「言い方」を問題にするのは、本音を言ってはいけない、ということに通じて来る。この事件については、問題にされるべきは田中氏が明らかにした政府の強行姿勢なんじゃないのか。「犯す」という言い方が女性蔑視でどうのこうのとやっているのは、見当違いだろう。なぜそんなことになるのか。 最近は広告クライアントとのつき合いも変わってきた。以前は本音を言うことが歓迎された。「プロとしての率直な意見が聞きたい」と言われたものだ。それが逆になってきた。誰が見ても力のない、記憶に残らないCMばかりをやっている企業に、率直に「ここはもっとこうした方がいいですよ」と提案するとヒステリーを起こしたりする。言い方が悪いとか、自分を否定するのかなどと言って激昂する。広告のコンセプトではなく、自分への「言い方」を問題にする。そんな言い方をするってことは自分たちを馬鹿にしているからだ、などと言うのだ。そういう人にとっては、企業のことを真摯に考え、本当のことを言う者は悪なのだ。キレイゴトを言いながら、自分をおだててくれる者が正というわけだ。 本音を言っていてはもう食っていけないなあ、と思う。嘘つきになるしかないかなあ、と。「御社のやり方は素晴らしい」と、太鼓持ちのように媚びながらうまく金だけ抜いてやろうとほくそ笑む、そういう広告人が正義であり、栄えていくのだろう。 子供の頃読んだ誰かの自伝で、近所に住む馬鹿な子供のエピソードがあった。その子は畑でよく作物を盗むのだが、見つかって追いかけられると目をつぶってしゃがむ。そしてすぐ捕まる。なぜそんな不可解なことをするかというと、目をつぶると世界が真っ暗になって追っ手も自分を見失うと思っていたららしい。 マスコミや、各種圧力団体や、クレーマーたちがつくりあげたキレイゴト社会とはそんなものだと思う。「見せないでくれ」社会だ。言葉狩りをやったり、不適切発言をする政治家や官僚をバッシングしたりしても、それは問題の本質を見えなくするだけで何かを解決するわけじゃない。日本社会も、愚かな広告クライアントも、問題を解決したいわけじゃない。問題を見せないでくれと、幻想の中で生きていたいのだと、そう言っているのだろう。